ショートショート

2023.10.31

美しい世界がみえる眼鏡

 大都市の研究所の一室で、俊英な科学者のアイリスは日夜黙々と実験をしていました。彼女は新たなアイデアとイノヴェーションを追求し、未知の領域に挑み続けました。ある日、彼女は目に留まった素材を使い、新しい発明の着想を得ました。それは、"美しい世界がみえる眼鏡"でした。


 アイリスはそのアイデアに熱中し、その眼鏡の開発を始めました。幾年も試行錯誤し、多くの失敗と挫折を経験しましたが、諦めずにプロジェクトを進めました。最終的に、アイリスは完璧なプロトタイプを作成することに成功しました。


 3Dゴーグルに似たその眼鏡には特殊なプロジェクションレンズが備えられました。アイリスはそれを試すことに決め、眼鏡をかけてみました。そして、それが何をもたらすのかを初めて経験しました。


 アイリスの視界は一変しました。通常の視界の上に、新たな層が現れ、辺り一面に微かな輪郭が浮かび上がり、独自の色彩と模様が現れました。それは無窮に美しい世界でした。アイリスは驚きと興奮に包まれ、その眼鏡の可能性に胸を躍らせました。

 

 友人にその眼鏡を試してもらうと、誰もが驚き、感動していました。一人は花の美しさに魅了され、もう一人は鳥の羽の模様に夢中になりました。この眼鏡をかけることで、誰でも、いつどんな時でも、容易く美しい世界を見ることができたのです。


 アイリスは、新しい技術が人々の生活にもたらす変化を調査し、その眼鏡の可能性を探求しました。世界中で革新的なプロジェクトが展開されました。人々は新たな視界を手に入れ、芸術、医療、教育、環境保護、平和など様々な分野で新たな視点を見つけました。


 アイリスは成功と名声と富を手に入れました。しかし多忙のあまり自身の時間と休息を失い、病に倒れました。そこで彼女は夢見ていた南国の無人島で、しばらく療養することに決めました。


 無人島に到着したアイリスは、碧い海と緑豊かな自然に囲まれた素晴らしい環境に感動しました。彼女は眼鏡を外し、自然の美しさを素直に感じることができました。日の出と日の入り、星空、海風のささやきに包まれ、彼女は自分自身の内なる平穏を取り戻していきました。


 やがて都会に戻る日が訪れました。しかし、彼女が街に到着すると、驚くべき変化が現れました。街路樹が朽ち果て、廃墟に荒れ果てたビルの姿に科学者は絶望しました。働く人は誰もいません。さらに驚いたことに、街中の全ての人が彼女の眼鏡をかけていました。人々は思い思いにその眼鏡の世界観に酔いしれ、誰ひとり会話を交さず、座り、寝ころび、ひたすら恍惚と、美しい眼鏡の幻想の世界に浸っていました。


 科学技術が進歩し、美しい世界がみえる眼鏡が提供された一方で、人々はその世界の中に閉じこもり、見たくないものから目を逸らすようになり、現実世界との調和やつながりを失ってしまいました。


 俊英な科学者のアイリスは無人島に戻り、また次なる実験を始めました。




                                                                                                                                        written by Joji George Imataka

最新ショートショート