ショートショート
靴磨きの職人
キングス・クロス駅の近くの小路に、古風な木造の靴磨きブースが立っていた。
オールデンは50年以上もこの場所で靴磨きをしていた。彼は戦の混乱の中、この駅の近くで幼い息子の手を離してしまい、その後二度と会うことができなかった。彼はその痛みを胸に秘めながら、来る日も来る日も、この駅で靴を磨いていました。
ある日、細身の背広を着た成年がオールデンのブースを訪れました。
「今からこの靴をお願いできますか」
成年は靴を手渡し、オールデンはその靴を受け取った。成年の手の甲には小さな傷があった。オールデンはその傷をみて、彼が思い出す幼い息子のものと、どことなく似ている気がした。
「評判には聞いていましたが、随分と古い建物ですね」、店の中を見回しながら成年は言った。
「あの戦争が終わってまもなくから続けています。かれこれもう四半世紀になりますよ」、店主は手を止めることなく答えた。
店内にはキュッ、キュッ、と靴を磨く子気味良い音が流れていた。成年は新聞に眼を通していた。それから少しの時間、職人は手際よく靴を磨いていたが、ほんの少し声を震わせながらこう尋ねた。
「お兄さん、その傷は、どうしたのですか」
成年は手の甲に目を落とし、「この傷は幼い頃、この駅の近くを逃げ回った途中で出来たものです。まあ、これも私の子どもの頃の、苦い戦争の記憶の一つです」
職人は続けた。「それは大変でしたね。あの戦争では本当にたくさんの人が亡くなりましたから。その後、ご家族さんは元気にされていますか」
少し間をおいて、「父は既に亡くなったと、風の便りで聞きました。母と二人で大変な時期もありましたが、今では母は再婚して、田舎で幸せに暮らしています…」
遠くを見つめながら、成年はそう答えた。
オールデンは丹念に靴を磨き上げると、その靴を成年に手渡した。成年は職人に礼を言い、その靴に足を通すと、軽く頭を下げてブースを後にした。
職人はその成年の後姿を、駅の人混みの中で見えなくなるまで、じっと見つめていた。
written by Joji George Imataka