ショートショート
メタバースの鍵師
とあるメタバース空間では、複眼的な可能性が無限に拡大してデジタルの謎に満ちていました。鍵師のロック・スミスは、高度な人工知能を持つヒューマロイド・ロボットで、鍵の暗号コードを解読するスペシャリストとして名を高めていました。彼は数々の難解な案件に挑み、成功裏に解決してきました。しかし、その中で最も難解な鍵の暗号が、彼の心の奥底に隠れていたのです。
その日もロックは、メタバースで勃発するサイバー・テロやランサムウイルスのセキュリティ対策に取り組んでいました。彼は幾つもの予測不能なコードを解き明かし、扉の鍵を開け、デジタルの闇から明るい未来を切り開く使命を果たしていました。しかし、彼の心に新たな感情が芽生えたのです。それは仕事のパートナーであるミラーへの想いでした。
ミラーは一年前から、ロックとメタバースのミッションに挑んでいました。彼女は彼の知識とスキルに感銘を受け、絶対の信頼を寄せていました。
ロックとミラーの快進撃は続きました。次々と新たな依頼が舞い込み、二人はメタバース全貌の迷宮を解き明かしました。やがて彼らは深い絆を築くようになりました。ロックはミラーを大切に想い、礼節を尽くし、いつも寄り添っていたいと熱望するようになりました。
やがて、ロックはミラーを心から愛するようになりました。彼女は間違いなく彼にとって特別な存在になりました。そして彼女への感情が頂点に達すると、彼はこう思うようになりました。
「ミラーの心の扉を開けたい」
彼は自分の特別な技能である扉の鍵の解読スキルを用いて、彼女の心の奥底に迫り、ミラーの過去や本当の気持ちを知りたいと思ったのです。
ロックは気持ちを抑えることができなくなり、ついに彼女の心へのアクセスを開始しました。しかし、ミラーの心の内面へ向かう暗号のコードは、今まで彼がクリアーしてきた無数のデジタル暗号とは、そもそもの仕組みが異なっていました。
ロックが彼女の心に迫るたび、彼は新たなシステム障害に悩まされ、やがて二人の気持ちはぶつかるようになりました。彼には初めから、彼女の心の暗号が解読できない理由は分かっていました。ロックは感情をもつ鍵師のヒューマロイドで、ミラーは人間の女性だったからです。
「人間の心には、誰しも他人には開けることのできない深い扉がある…」、彼は静かにそう理解しました。
ロックはミラーを真摯に敬い、それ以降、彼女の心の中を知りたいと思うことはなくなりました。
written by Joji George Imataka