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2024.02.04

プラットフォーム

 日曜午後の車内はいつもの満員電車と違い広々としていました。乗客は右斜めに品のいい老夫婦がいて、あとは誰もいませんでした。

 休日出勤の彼は窓側の席に座り、仕事の予定を確認していましたが、温かな陽射に気持ちが和み、ぼんやり外を眺めていました。


 次の駅に着くと、どこか懐かしい感じの女性が、車輛に入ってきました。女性は淡いワンピースをまとい、傍らに幼い女の子が手を繋いで立っていました。二人は彼の目の前を通り過ぎて、左の奥の方の席に座りました。静かな車内に女の子の楽しそうな声が響きました。それから少しして、彼と女性は遠い席に座ったまま、眼と眼が合いました。


 彼の鼓動は高鳴り、彼女は眼を逸らしました。彼は遠い昔の日々を思い返しました。しかし月日は彼らを引き裂き、別々の道を歩むこととなりました。その日以来、彼は彼女との連絡を失い、その後の運命を知るすべは何もありませんでした。


 列車の中で、彼の心は彼女に向かって歩き出しました。しかし、彼の身体は窓側の席に座ったままでした。

 

 思い出と現実が交錯する中、言葉にすることもなく、電車は次の駅に向かって進んでいきました。


   次の駅が近づき、女性と女の子は席を立ちました。彼は急いで立ち上がり、彼女に追いつこうとしましたが、その手前で扉が閉まりました。プラットフォームの彼女は彼を見つめ、彼は窓越しに彼女を見ました。

 

   彼が少しだけ手を振ると、彼女は小さく手を振りました。電車は遠くへ走り去り、再び二人の心を揺り動かしました。




                                                 

written by Joji George Imataka, painted by Claude Monet, Gare du Nord, Paris, 1877, Musée d'Orsay

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