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2024.02.12

ペタラの花瓶

 砂漠の町に、ペタラという花の大好きな少女がいました。ペタラは砂漠で花をみつけると、優しい香りと花びらの美しさに魅了されました。しかし雨の降らない砂漠では、夕暮れと共に花が散り、わずか一日で枯れてしまうのです。


 砂漠の花の花びらが一枚、また一枚と散るたびにペタラは寂しくなり、つぶらな眼から涙の雫が一滴、また一滴と、乾いた砂地にあふれて落ちました。


 不思議なことに、ペタラが落とした涙の数だけ、次の日に砂漠に花が咲きました。ペタラは花をみつけると嬉しくなり、優しい気持ちで花と戯れました。そして、夕暮れになると、散りゆく花にたくさんの涙を流し、夜は深く眠りました。

 

 村人たちはそんなペタラの姿をみて、いつか砂漠に花の園を造りたいと願いました。


 花が咲き続けるためには水が必要でした。村人は工夫を凝らして砂漠の砂から土を創ろうとしました。しかし、どれだけ頑張っても、その願いは叶いませんでした。

 

 やがて、ペタラは大人になると、砂漠の砂を使って花瓶を作り始めました。さらさらの砂から花瓶を作る作業はとても難しい工程でした。ペタラは短い花の一生を思い、来る日も来る日も砂から土を創ることを諦めませんでした。ある時、散りゆく花びらを見て落とした涙の砂地をこねたところ、柔らかな土となり、陶器の型を創り、焼成した暁に美しい色と質感の花瓶が完成しました。ペタラの花瓶はまさに芸術の極みで、人々はその美しさに息を飲みました。

 

 日が暮れるとペタラは砂漠に花瓶を置き、明くる朝に花が咲くのを待ちました。朝になると、花瓶から無数の芽が吹き、砂漠はあっという間に一面の花畑になりました。日が暮れても花瓶の花は枯れることなく、砂漠の村人たちは皆、優しい香りに包まれて眠りました。


 瞬く間に、彼女の花瓶は世界的な評価を得るようになりました。花瓶を一目みるため、たくさんの観光客が砂漠の町を訪れました。写真家は砂漠の花瓶を写真に撮り、写真集を販売しました。生け花の先生は花を摘み個展を開きました。画家は花瓶と花畑の風景画を描き、高値で取引をして名声を上げました。


 いつしか彼女は奇跡の陶芸家と呼ばれるようになりました。しかしペタラは自分の花瓶について考え込んでいたのです。何故なら、美しく咲いた砂漠の花は、けして枯れることが無かったからです。


 それから何十年もの月日が立ちました。年老いたペタラは砂漠から一輪の花を摘みとり、こう尋ねました。「私が創った花瓶のおかげで砂漠の町は潤い、村人たちの生活は豊かになりました。でもあなた達の一生は変わってしまいました。お花さん、私にあなた達の本当の気持ちを教えてください…」


 砂漠の花は答えました。「私はあなたから美しい姿と永遠の命を授かりました。しかしその代わりに、一番大切な花を咲かせるすべを失ったのです。何故なら私は、もともと散り逝くことを知りつつ、この世に生れてきたのですから…」


 その夜、ペタラは花畑に横たわり、両手に花瓶を抱きしめながら、優しい香りの中で泣きました。


 ペタラの涙が花びらに落ちると花の色はしだいに薄れ、一枚、また一枚と、花びらが砂漠に散り落ちていきました。




                                                 

written by Joji George Imataka, painted by ”Sahara Desert" Gustave Guillaumet, 1867, Musée d'Orsay

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